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サンジは海が好きだ。

物心ついた頃には、すでに海の上にいた。
偶に、上陸した島で宿を取って過ごすこともあるが、
街の雑踏や、植物や土のにおいに囲まれた陸は、
未だにどうにも馴染めないと密かに思っている。
波の音が聞こえず、潮のにおいがしないことが、
サンジの体にはしっくりこないのだ。


サンジは海が好きだ。

けれど、同時にひどく憎いと思う時がある。
母なる海は、生命のゆりかごだ。
万物の源。命を産み、育み、癒す。
しかし同時に、海はそれをたやすく奪いもする。
時に鋼鉄の斧を振り下ろす様に。
時に真綿でじわりと絞め殺すように。





深夜。


明日の仕込みを終えたサンジは、
甲板に出て海を眺めていた。
今日は満月だ。
黒い海面に映った月が、ゆらゆらと揺れている。

ふと、背後に気配を感じて振り返ると、
聡明なこの船の考古学者が立っていた。


「ロビンちゃん。どうしたの?こんな時間に」

サンジが問うと、ロビンは僅かに微笑みながら歩を進め、サンジの隣に立った。
艶やかな黒髪がさらさらと靡く。


「お月様が、泣いてる気がしたの」

「月が?」

サンジは空に浮かぶ月を見上げた。
雲一つない真っ暗な空の上で、ポツリと輝く満月。


「なんでもないわ。
さっきまで本を読んでいたのだけれど、なんだか眠れなくなってしまって」

「何かあったかいドリンク淹れようか?ハーブティーとか」

「大丈夫よ。ありがとう」


会話が途切れ、サンジは再び海へと視線を戻した。
ロビンも同じように海を見つめる。



「かわいいお花ね」

サンジの手元には、薄紫色の小さな花が握られていた。
時折風を受けてそよそよと揺れている。

ロビンの言葉に、サンジは持っている花を目の前に掲げ、
どこか哀しげに花を見つめると、おもむろにそのまま海へと投げた。
小さな花は音もなく海面に落ち、絵の具をポトリと落とし込んだように、
黒い波の上に薄紫が浮かんだ。


「手向けだよ」

サンジが漆黒の海を漂う薄紫の花を見つめながら、独り言のようにぽつりと言う。

「海は広くて、大きくて・・・残酷だ」

水飛沫を被った花が、溶けるように徐々に沈んでいく。

「この広い海からしたら、オレらなんか砂漠の砂粒と変わらねェ。
簡単に呑み込めちまうんだ」


「そうね。確かに海は時に残酷ね」

絶え間ないさざなみの間を縫うように、
ロビンの落ち着いたアルトが響く。


「でも、この海があったから私はあなた達に出会えたわ」

海を見つめていたロビンが、サンジの方を振り向く。
つられるように、海に視線を落としていたサンジも顔を上げた。


「パンドラの箱の底には、必ず希望が眠っているものよ」

オハラが地図から消えた日から、
ロビンはただひたすらに、世界から逃げ続けた。
生き抜くために、あらゆるものを犠牲にし、踏みつけ、
傷つけ、傷つけられ、泥水を啜り生きてきた。
安らげる場所などなく、信じられるものなどなかった。
希望なんてなかったし、望んではいけないと思っていた。


けれど、頓に光は降り注いだ。

光はロビンの闇を一層するように照らし、
立ちふさがる壁を薙ぎ払い、
正しい航路へと導き、
時には愉快な笑顔を届けてくれて、
温かい料理でお腹いっぱいにしてくれて、
傷を優しく癒してくれたのだ。
決して手にできないと思っていた全てを与えてくれた。


「見て見ぬふりをして箱を開けずに目を瞑るか、
勇気を出してその箱を開けて、希望を見つけるか、
それはきっと自分次第なんだわ」

ロビンの黒曜石のような漆黒の瞳に、
月の光が浮かび、キラキラと輝く。

「私は、箱を開ける勇気を、あなた達からもらったのよ」

ロビンの端正な明眸が、花のようにふわっとほころぶ。

普段はあまり感情を表に出さないロビンのこんな笑顔がサンジは好きだ。
やっぱり、レディの笑顔はこの世の何にも代えがたく、美しいなと思う。

ロビンの笑顔に、サンジも目尻を下げる。

「オレも一緒だよ。もしルフィたちと出会ってなかったら・・・・。
あの頃のオレは箱に鍵をかけて、隠して、目を背けていたんだ」

何もかもから目を背け、逃げていたあの頃。

「あいつらが、背中を押してくれたんだ」

まばゆい程に輝く光は、
硬く閉じたサンジの心を射抜いたのだ。
痛い程に突き刺さったそれは、サンジに箱を開ける勇気をくれた。


「箱の中は、絶望がしひめいているわ。
傷ついて、泣いて、箱を開けたことを後悔する日もあるかもしれない、
それでも、諦めなければ、箱の底の光を必ず見つけられるわ」

だけど。

「時々なら、泣いてもいいのよ。
前を向いて歩き続けることが全てじゃないわ。
立ち止まって振り返ったっていいのよ」

人はそんなに強くはない。
雨に打たれれば凍えるし、転び、傷つきもする。
歩き続ければ疲れ、一歩も動けなくなってしまう時だってある。

そんな時は。

「辛いときは縋ればいい、泣きたいときは誰かの胸で泣けばいい」

人は一人では生きていけない。
ロビンを救った光はそれを教えてくれた。


「ありがとう。ロビンちゃん」





サンジは海が好きだ。

海はサンジからたくさんのものを奪った。
二度と戻らない平穏な日々。
数多の大切な命。
一つの夢。


けれど。

やっぱりサンジは海が好きだ。

目まぐるしく動く笑顔に溢れた日々。
守りたいと思える仲間。
受け継いだ夢。
それらもまた、海が与えてくれたものだ。

万物が生まれ、還るこの海は全ての源だ。
決して闇だけではない。
闇の向こうには等しく、光があるのだ。


サンジは海が好きだ。







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知ってしまった熱。
気付いてしまった想い。

望んではいけないことくらい分かってる。









「・・・んっ」

口を閉じているせいで、抑えきれなかった吐息が鼻から漏れる。
突き上げられる度に上げそうになる嬌声を、なんとか堪えようとしても、
イイ所を的確に突いてくるそれに、体は正直に反応してしまう。

「・・・声、出せよ」

唸るような低い声で言ってくる男に、
サンジはゆるゆると首を横に振る。

快楽の波に身を委ね、なりふり構わず乱れてしまえば、
もっとずっと楽なのかもしれないが、
それはどうしてもサンジの男としてのプライドが許さない。
この期に及んで、プライドも何もないのかもしれないが・・・。

「・・・っ・・・ァ・・・」

前立腺を刺激され、限界まで張りつめたサンジ自身を不意に扱かれ、
ゾクゾクと吐精感がかけあがる。

「・・・っ」

ダメ押しの様に深く突き上げられ、
サンジ自身から白濁が飛び散る。

それと同時に、サンジを突き上げていた男が僅かに息をつめたかと思うと、
サンジの中で吐精したようで、腹の中にじわりと熱が広がっていく。
引き抜かれたそこからドロリと精液が零れ落ちた。



「先、風呂行ってくる」

そう言いながら、傍にくしゃくしゃに転がっていた毛布を放って寄越し、
部屋を出て行く緑髪の後ろ姿を、サンジはぼんやりと見送った。




いつからだろう。
ゾロとこんな風に体を重ねるようになったのは・・・。

自他共に認めるフェミニストの自分が、
まさか男に抱かれているなど冗談だろ!?
と、サンジ自身どこか他人事のように思う。


始めは、酔った勢いってやつだった。

いつもより少し長い航海だったのだ。
健康的な十代の男なのだから、溜まるものは溜まる。
今思うと、お互い大分切羽詰まっていたのだろう。
かといって、女性クルーであるナミやロビンに手を出すなど以ての外だ。
そこはさすがのゾロも弁えているようで、
そういった様子は見られなかった。

だから、それはちょっとした好奇心だったのかもしれない。
ゾロがどうやって性欲処理をしているのか。

深夜のラウンジで、酒を飲みながら話していた。
始めは他愛ないことを話していたのだが、
なんとはなしに、サンジがゾロに、陸で女を買っているかを聞いた。
ナミとロビンに手を出せないからには、
上陸した時に商売女に相手してもらうか、自分でするしかないのだ。
同年齢の男同士の軽い好奇心から始まった会話は、
いつの間にかひどく生々しい猥談のようなものになっていった。


「なぁ。お前、男の経験はあンのか?」

好みの体系、年齢、容姿や、好きなシチュエーション。
初体験の歳だとか、好きな体位だとか、半ば暴露大会と化した会話の末に、
そう発したのは、サンジの方だった。

「ヤってみる?」

ゾロももちろん溜まっていたのだろうが、
サンジの方もいいかげん溜まっていたのだ。
お互いに、好奇心と、情欲、不安や背徳心がないまぜになった複雑な心境で、
人気のない倉庫になだれ込んだ。

タチネコの関係は、なんとなく成り行きだった。


ゾロとのはじめてのセックスは、情緒の欠片もない、
お互い、ただただ射精するためだけのものだった。
ゾロは男は初めてだから、加減がわからねぇと言ったが、
それなりに知識はあったようで、
本来なら排泄器官でしかなく、硬く閉じたサンジのそこを、
ゾロはゆっくり解していった。
サンジはその様がなんだか無性におかしくて、
この一見武骨な男は、根はひどく繊細な奴なんじゃないかと思い、
そのらしくなさに、思わず笑いが漏れそうになった。

サンジはバラティエ時代、数回男の相手をしたことがある。
とは言っても、しばらく使われていないそこは、
なかなかゾロのものをすんなり受け入れることができなかった。
グロテスクに怒張したゾロのそれを、サンジが受け入れるのには、
かなりの時間を要した。

それでもなんとか、ゾロが思い通りに動けるくらいにはなり、
異物を捻じ込まれる痛みが、ようやく快感に変わろうかという時に、
ゾロに限界が近付いてきた。
サンジの頬にかかるゾロの息が熱くなり、腰を打つスピードが上がる。
それと同時に、サンジのものを扱く手も早まり、追い立てられてく。

「おい、出すぞっ」

「・・・っ・・・ァ・・・・」

サンジが答える前に、ゾロはサンジのナカで果てた。
直後に、サンジもゾロの手の中で白濁を吐き出した。
ゾロが自身を引き抜くと、サンジの後腔からドロリとゾロが放った白濁が零れる、

「・・・バ・・・カ野郎。ナカで出すかよ・・・」

サンジが未だ整いきらない呼吸のままゾロを睨むが、
熱に浮かされ上気し潤んだ瞳では、いつもの迫力はない。

「後処理とか・・・しなきゃなんねーじゃんっ」

「あぁ、そうか・・・。悪ィ」

素直に謝ってきたゾロに、毒気を抜かれてしまったサンジは、
はぁーと大きなため息を吐いた。

「・・・まー、オレも先に言ってなかったし・・・」

「悪かった。次からはしねェ」

そう言うと、先にシャワー浴びてくるといって、
ゾロは倉庫を後にした。

1人取り残されたサンジは、最後のゾロの言葉を、
射精後の倦怠感に回りきらない頭で反芻した。

(アイツ”次から”って言いやがった・・・)

次からと言うからには、これが最初で最後ではないということだ。
次があるということだ・・・。


その夜を境に、ゾロとサンジはたまにこうして体をつなげるようになった。






「おい、空いたぞ」

「・・・ん」

ゾロの放ってよこした毛布にくるまってタバコを吸っていたサンジの元に、
石鹸の臭いをさせたゾロが戻ってくる。

タバコを灰皿に押し付け、立ち上がった瞬間、
ゾロの精液がコプリと溢れ、内股を伝い落ち、
そのなんともいえない感覚に小さく呻くと、それに気付いたゾロが、
サンジの太腿を伝うそれをチラリと横目で見て言う。

「・・・後処理、手伝うか?」

「っふざけんな。いらねーよ」

男に突っ込まれ、イかされ、あまつ後処理までされるなど、
そんなことは、それこそサンジのプライドが許さない。
そんな、変な気遣いなんて欲しくはない。

「・・・恋人同士じゃあるめーし」

サンジはわざと冷ややかにそう告げると、
ゾロの横をすり抜け、足早に浴室に向かった。


そんな風に気遣わなくていい。
優しい言葉なんか欲しくない。
甘ったるい愛撫なんかいらない。

好きな時に呼べばいい。
自分の情欲のみに従えばいい。
中だろうが、顔だろうが、
出したいだけ出せばいい。

そうじゃないと、勘違いしてしまう。
欲しくなってしまう。
望んでしまう。

抱かれる度に膨れ上がっていく、
胸の内に秘めたこの想いに歯止めが効かなくなる。

意外な程やさしいてのひらや、
太く逞しい腕や、浅黒く焼けた厚い胸板も。
知ってしまった。
サンジを穿つゾロ自身の熱さも、
息を詰めるように発せられる喘ぎ声も。
全てがサンジを焦がす。

身を委ねてしまえば、
もう、後戻りができなくなる。



「・・・っ」

後処理の為に自身の後腔に滑り込ませたはずの指は、
いつのまにか目的を見失いナカでうごめく。
さっきまでさんざん攻められていたイイトコロを、自身の指で刺激する。
注がれた精液が未だ残るソコは、いやらしい水音を響かせる。
反対の手で、中心で勃ち上がった自身を扱きあげれば、
血液が集まり、硬度を増していく。


「・・・んっ・・・あっ・・・ぁあ」

シャワーの水音の合間に、
さっきは我慢していたはずの喘ぎ声が響く。
自身を追い立てながら、思い浮かべるのはただ一人。

「・・・あっ・・・ぁっ・・・んぁあっ」

ゾロに突かれ、扱かれ、イかされたばかりの敏感な体は、
少しの刺激でも、普段の何倍にも感じ、
あっけなく自身の手の中で、ドロリと吐精した。

脳天を突き刺し、痺れるような快感にその場にずるりと座り込む。
頭の上からは絶え間なくシャワーが降り注ぐ。



どうしたって消せはしない。
呑み込んだはずの言葉。


「ゾロ・・・」

名を呼ぶ声は自分でも驚くほど甘く掠れている。



「     」



シャワーの水音の合間に僅かに響いた声は、
滴り落ちる水と共に、排水溝へと消えて行った。









視界が、ぼんやりとぼやけて、
水の中で目を開いた様に、色彩は朧げで、
景色は瞬きをする度にゆらいでいる。

それでも、
すぐ傍に、ダイキライなあいつがいるのは分かった。

何か、聞こえるけど、
ブツリ、ブツリとチューニングの合っていないラジオのように、
途切れるばかり。
耳がうまく音を拾えない。

温度をなくした指先に、かすかに感じる体温が、
なぜだかひどくせつなくて、
目頭が熱くなる。

ただでさえ朧げだった視界が、
尚更ゆがんで、世界は色をなくしてゆく。



「       」



だから。
聞こえないんだ。
見えないんだ。

ダイキライなお前の声も、顔も。


冗談みたいな緑の髪も。
日に焼けた肌も。
節くれだった、剣ダコだらけの手も。
光を放つ、琥珀色の瞳も。

こんなことなら、もっとちゃんと見ておけばよかったかな。
後悔先に立たずとはよくいったもんだな。



せめて、触れる指先を、握り返してやろうと思うのに、
体も錘をつけられた様に重くて、
指の先すら動かない。

あー、もう瞬きするのも億劫だな。


水分を含んだスーツが重たく肌に張り付いてキモチワルイ。
ヌルリとした液体は、鉄臭くてイヤだ。



「       」



聞こえない。
見えない。


もう。




「  い てる 」



一陣の風。
潮の香り。
鮮明になる。
世界が、イロを取り戻す。




「 あいしてる 」




あー、それを伝えようとしてたのか。


それは束の間の。
まほろば。

落ちてくる目蓋。

落ちてくる。
最初で最後の


くちびる。




世界は再び暗転した。









  
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2013/07/21・・・ssに1点up
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