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君にそばにいて欲しかったこと




嵐の夜は、落ち着かない。



荒れ狂う波が、
吹きすさぶ風が、
叩き付ける様な雨が、
小さな船の船体をギシギシと軋ませる。


サンジは明りを落としたラウンジのテーブルに突っ伏していた。
少し前までペンを走らせていたレシピノートと食材の管理用のノートは、
開いたまま、傍らに放置されている。
長年愛用している万年筆も、キャップを閉じることもせずノートの横に転がったままだ。
細い紫煙を立ち昇らせる煙草は、ほとんど吸われることなく、
灰皿の上でそのほとんどがが灰の塊と化している。


ピカッと薄暗いラウンジを黄色い光が一瞬照らしたかと思うと、
直後、ドォンと大きな雷鳴が轟く。

テーブルに伏したまま、ぎゅっと耳を塞ぐ。


嵐が呼び起こすのは、サンジの心の中で未だじくじくと膿み、
鮮血を流し続けている傷口だ。
パックリと口を開け、決して閉じることのないそれは、
時折その存在を誇示するかのように悲鳴を上げる。


9年前のあの日から、それは嵐の度にサンジを苦しめ続ける。


バタンと音を立てて扉が開いた。

顔を上げると、仏頂面の剣士がずぶ濡れで立っていた。
そういえば、今日の不寝番はこいつだったかもしれない。
ポタポタと滴を零したまま、扉も締めずに立ち尽くしている。

吹き込む風に、雨が混じって開いたままのノートにポツポツと染みを作った。


「とっとと閉めやがれ。雨が入んだろうが」

口内は乾ききり、ひび割れた唇はうまく言葉を紡げず、
どこかしたっ足らずのようになり、
揚句、声はひどく掠れていたけれど、
剣士には伝わったようで、バタリと扉が閉められた。


「水、もらう」


言いながら棚のグラスを取ると、冷蔵庫からボトルを取り出した。

トプトプと水が注がれる音の後、
喉が水を飲み下す音が、雨音の合間に響いた。


ピカッと再び空が光った。
瞬間浮かび上がった剣士のシルエットが、
やけにくっきりサンジの脳裏に刻みこまれる。


ゴロゴロと小さく唸った後、
ドォンと今までで一番の雷鳴が鳴り響く。


「・・・っ」


反射的に耳を塞いだサンジを、剣士のシルエットが見下ろす。
ピカッと三度の光に、鳶色の双眸が金色に光った。

僅かに小さく身を縮ませたサンジを一瞥すると、
剣士は何も言わず、土砂降りの甲板へと戻って行った。

扉が閉まった直後、ドォンと雷鳴が船をビリビリと震わせる。



サンジは再びテーブルに伏した。


それでいい。
下手な情けや憐みなど、
まして、剣士になど死んでもかけられたくない。


ゆっくりと瞳を閉じる。


それでも。
例えば、もし。
求めたら、剣士は自分の傍にいてくれただろうか。
髪を撫で、手を握り、頬を包み、
鮮血をこぼし続ける傷口をやさしく辿ってくれただろうか・・・。



バカバカしい夢想は、
何度目かもわからない雷鳴が掻き消した。












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